明治時代の東京では江戸時代の大名屋敷とそれに付随する庭園が次々と壊され、この現状を目の前にして小沢圭次郎は職務の余暇として古い庭園の記録と資料収集を行っており、退職してからはさらに庭園研究に励み、1915(大正4)年『明治庭園記』を発表するに至る。収集した資料は800余巻に及んだ。小沢は単なる庭園史の研究家でなく自らも日本庭園を作庭し、天王寺公園や伊勢内宮・外宮の外苑、栗林公園の修景のほか、ロンドンで開催された日英博覧会に出展された日本庭園、また自身の故郷三重県桑名市では1928年に松平定信百年祭にともない造られた九華公園などの作品がある。また庭園研究のほか、漢学への造詣が深く、漢詩文集『晩成堂詩草』15巻を書いている。その小沢と激しい論争を展開した美術史出身の文学博士横井時冬は「園芸考」「本阿弥光悦」「小堀遠州」などを著した。
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明治後半期の東京に数多く建てられた新興ブルジョアジーたちの大邸宅庭園の様子は近藤正一『名園五十種』にも紹介されている。同書で折衷式の庭の様子がよくわかり、渋沢栄一の邸宅愛依村荘は広大な敷地の中に日本家屋と洋館が建ち並び、洋風と和風の庭園、また茶室と茶庭を兼ね備えていることがわかる。また京都武者小路一門の茶匠で造園家の磯谷宗庸設計の三菱深川親睦園日本庭園内の洋館はジョサイア・コンドルが手がけたが、コンドルはこの後和風住居や庭園と洋館・洋風庭園を並存した旧岩崎邸庭園や三井網町別邸、旧諸戸清六邸、旧古河庭園(和風の部分は小川治兵衛作)などを手がけていく。